眠る秘訣
書籍情報
- 著 者:
- 井上昌次郎
- 出版社:
- 朝日新聞出版
- 出版年:
- 2009年3月
古典の話題をちりばめながら、睡眠の本質的なこと基本的なことを概観する
「現代人は史上まれにみる「眠り下手」になってしまったようですね」という指摘から本書は始まる。そして、著者はその理由を二つあげる。
一つは、「エセ(似非)科学的」な情報の氾濫の結果、人々が惑わされ、「よけいなストレスまで背負いこむ時代」になったこと。「皮肉なことに、「もっとよい眠りを!」という願望が、現代人を「眠り下手」にしてしまった」という。
もう一つは、「ハイテク社会が急速に発展して、生活様式が激変したから」。心身をゆっくり休める暇がほとんどなくなってしまったからだという。
さまざまなストレスは、睡眠障害の温床になると著者は述べて、その「有効な対策」について、つぎのように記す。
「じつは、「決定的に有効な対策」は、ちゃんと存在するのです。…略…、眠りを調節するしくみには二種類の基本法則がありますから、これらの基本法則に忠実に生活しさえすればよいのです」。しかし、口で言うだけなら簡単だが、仕事優先の現代社会では、毎日順守するのは、なかなかむずかしいという。
眠りの二つの基本法則とは何か。一つは、「脳内の「生物時計」のリズムにしたがう=規則正しい生活をする」こと、もう一つは、「「眠らせる脳」が自動的に眠りの質と量を決めてくれる=メリハリのきいた生活をする」ことだ。
著者は、「眠る脳」と「眠らせる脳」という言葉で、大まかに睡眠の仕組みを説明している。たとえば、つぎのような説明だ。
「「眠る脳」つまり睡眠を必要とする大脳とは別に、「眠らせる脳」つまり眠りのセンターがあって、無意識のうちに、睡眠・覚醒の管理をしている」。「眠らせる脳は、脳幹にあります。脳全体を樹木にたとえると、こんもりと茂った枝葉が大脳、その真ん中にあって枝葉を支える1本の幹が脳幹に、それぞれ相当します。幹の上部から下部へ、順に、間脳・中脳・後脳・髄脳が区別されます。ですから、脳幹とはこれらの「古い・下位の」脳を総称する用語です。脳幹のなかに、眠らせる脳は複雑なネットワークをつくっています」(これは、図示している)
つまり睡眠とは、「脳による脳のための管理技術」だという。そして、現代人の「眠り下手」になった原因は、意識の脳(眠る脳)が、無意識の脳(眠らせる脳)の主権を、「高圧的に侵すことに起因する」と考えられると記している。
眠らせるのは、「無意識の脳」なのだ。私たちには「眠りや目覚めを管理してくれる、できのいい自動装置が内蔵されている」のだから、「それにあまり浅はかな干渉を加えない」ほうがいい。このような主張を中心に据え、睡眠の本質的なこと、基本的なことを概観し、「快眠をするための正解は、たくさん」あることを伝えている。
本書では、「眠りの成り立ち」、睡眠は人それぞれであること(たとえば短眠者もいれば長眠者もいること、「女性と男性で眠りはかなり違う」こと)、眠りが「環境に左右される」ことなどを、ときに古典の話題を織り込みながら説明している。
ひとこと
「眠りの成り立ち」のところが、私にはおもしろかった。「私たちの生命活動は、睡眠も覚醒も「無」の状態で出発する」という。個体発生が進み、中枢神経系や内臓ができかかった胎児でも、大脳が存在しないうちは覚醒も睡眠もないと考えるそうだ。そして、「大脳ができてまず現れるのは、睡眠」で、この段階の特殊な睡眠は、ふつう胎児や乳幼児では「動睡眠」と呼ばれるという。これが、のちの「レム睡眠」。この動睡眠が、「大脳の機能を発達させ、そのことによって、意識を覚醒の状態に」導くそうだ。つまり、動睡眠(のちのレム睡眠)が、意識を始動させるという。
本書では、もっと丁寧に説明しているし、さらに説明が続いていく。このような胎児、乳幼児の眠りの解説は、意識に興味のある方にはおもしろいのではないだろうか? この解説は、第1章の最初にある。
このレビュー執筆時点で、本書は入手困難になっている。