「人間や自己について」思索している学生におすすめの本
- 著 者:
- 井ノ口馨
- 出版社:
- 岩波書店
著者・井ノ口馨は、現代の脳科学は物理学でいえばガリレオやニュートンが現れる直前の時代、そういう「エキサイティングな時代に入っている」という。だから、大学生や大学院生といった若い人たちを対象にした講演で、こう呼びかけているそうだ。「ぜひ脳科学、記憶研究に興味を持ってほしい。あなたが明日のガリレオ、ニュートンかもしれない」と。
高校時代の著者は、哲学書を貪り読み、「人間や自己について思索する日々」を送っていたという。哲学者になろうと思っていた著者は、そのうちに「哲学のようにいくら思弁をやっても答えが出ない。そうではなくサイエンスベースで問い直してみたい」と思うようになった。
だが、その時代は「まだ脳科学という言葉すらなかった時代」。著者は、「生命とは何か、生物とは何か」という切り口でアプローチしようと、分子生物学者になる。
しかし大学院修了後の研究の日々は、著者の思ったものとは違っていた。研究の出発点の問い掛けからは遠すぎたのだという。その問い掛けとは、「人間とは何か、自分とは何者か」だった。
転機が訪れたのは、「忘れもしない」1989年6月だったと語る。日本の記憶研究の第一人者だった塚原仲晃の著作『脳の可塑性と記憶』に出合ったのだ。この本について、井ノ口馨はつぎのように記している。
「この本は、記憶がどうやって脳に蓄えられて思い出されるのかを一般向けに解説した本です。記憶の本質ともいうべきメカニズムが分子レベルで解明される時代がもうすぐそこまで来ている、という驚くべき内容の本でした。……略……」
この本をきっかけにいろいろと調べた著者は、「脳機能を分子レベルで攻めることができると確信」して、脳科学者へと方向転換した。著者・井ノ口馨の自伝的な記述はさらに続くが、ここまでにしよう。
井ノ口馨は、自身が『脳の可塑性と記憶』を読んで記憶の研究に入る決断をしたように、現代の「若い俊才たち」が本書『記憶をコントロールする 分子脳科学の挑戦』を読んで記憶の研究に入ってくることを、望んでいるようだ。
だからこそ、刺激的な言葉で「若い俊才たち」をいざなう。「ぜひ脳科学、記憶研究に興味を持ってほしい。あなたが明日のガリレオ、ニュートンかもしれない」と。
本書は、高校時代の著者のように「人間や自己について思索する日々」を送っている高校生や大学生、あるいは脳科学者になることに興味のある学生におすすめしたくなる本だ。
もちろん、私のような普通の大人も楽しめる本。約120ページだが、充実した内容だ。(本書の内容は書評ページを)