実験物理学に興味がある方におすすめの本
- 著 者:
- 鈴木洋一郎
- 出版社:
- 幻冬舎
「暗黒物質とは何か」を知る本としてではなく、実験物理学の世界を知る本として、おすすめしたい。物理学が好きで(とくに素粒子に関心がある人で)、研究者という仕事に興味をもっている大学生や高校生におすすめしたい本だ。
著者は、暗黒物質の検出を目指すXMASS実験のプロジェクトリーダー。また、ニュートリノにまつわる実験で知られているスーパーカミオカンデの建設・立ち上げにも携わっている。
本書の特色のひとつは、XMASS実験を詳細に解説しているところ。「XMASSによる暗黒物質検出は不純物との戦い」でもあるという。バックグラウンド・ノイズを減らすためのさまざまな工夫をしており、それを詳しく述べている。たとえば、XMASS実験で使用している「キセノン」の話がある。
著者は、それまでは誰も使おうとしなかったキセノンに目をつけた。「キセノンに、紫外線の蛍光を発する性質があることは、よく知られて」いるそうだ。そして、「素粒子の検出器をつくるにあたって、キセノンのように光量の多い物質は研究者にとって大いに魅力的」だという。
ところが、それまでは誰も使おうとしなかった。その理由は、購入するキセノンにはクリプトンが含まれており、このクリプトンのなかに「放射線を出す同位体クリプトン85」が含まれているためだ。これが、バックグラウンド・ノイズとして邪魔になるという。著者がキセノンのことを話すと、相談相手は「あれは汚いよ」と即座に答えたそうだ。
著者はこう考えた。「汚いのが問題なら、きれいにすればいい」と。著者らは、自前の蒸留装置をつくり、クリプトンの割合を下げることに成功する。「キセノンの純度を高める工夫は、私たちの実験の生命線ともいえるもの」だという。ところが、この蒸留装置のアイデアの使用について業者と取り決めをしていなかったために、業者が他の実験グループに、この蒸留装置を「つくって売って」しまったそうだ。
この本には、ほかにも実験物理学の世界が垣間見える、さまざまなエピソードが登場する。物理学が好きで、研究者の仕事に興味がある方にとって、一読の価値がある一冊ではないだろうか。