意識はいつ生まれるのかーー脳の謎に挑む統合情報理論
書籍情報
- 著 者:
- マルチェッロ・マッスィミーニ/ジュリオ・トノーニ
- 訳 者:
- 花本知子
- 出版社:
- 亜紀書房
- 出版年:
- 2015年5月
意識の測定方法を、統合情報理論の提唱者自身が「情熱を込めて」語った一冊
医学生が、手のひらに「大脳」を載せている。
解剖実習室で、教官が学生の手のひらにそっと載せたのだ。学生はすばやく観察して次の学生に手渡し、「まもなくあなたの番がまわってくる」。「そう、次は自分の番だと想像してみてほしい」と著者は言う。
そして、こう続ける。
「脾臓や肝臓、心臓を観察したときと同じ態度で大脳を見て、次の学生に渡すこともできるだろう。だが、ちょっと立ち止まって、いまからほんの数時間前まで、この湿ったゼリー状の物質が、あなたの宇宙と同じくらい広大な宇宙を宿していたのだ、と感慨にふけることもできる。それがいま、あなたの手のひらに重みを伝えながら載っているのだ。あなたのすべてが、知識、記憶、想像、夢のすべてがつまっているのは、そのへんにころがっている物体と同じようにとったり渡したりできる〝モノ〟なのだ。大脳は輪郭と重さを持つ物質である」
かつて、著者のふたりは医学生だった。そして、手のひらに大脳を載せた。
手のひらに大脳を載せた医学生は、こんな戸惑いを感じた。「この灰色の塊が、見たり、想像したり、夢を見たりできるなんて。なのに、なにか特別なものがあるようには見えない。意識を宿すのは〝肉〟なんだ。だが、ほかの部分の肉と見分けがつかない。そんなことって、ありえるのだろうか」
意識を宿すのは、なぜ心臓ではないのか。なぜ「小脳」ではないのか。医学生はそのように自問する。そして、学び、さまざまな経験を積み、ある理論を提唱する。それが、「統合情報理論」だ。
「ある身体システムは、情報を統合する能力があれば、意識がある」。これが、「統合情報理論の基本的な命題」だという。
著者はさらに詳しく説明していき、二つの「公理」を記す。
(第一の公理)「意識の経験は、豊富な情報量に支えられている。……略……」
(第二の公理)「意識の経験は、統合されたものである。……略……」
二つの公理を組み合わせて、「理論のかなめとなる命題」を、つぎのように記す。
「意識を生みだす基盤は、おびただしい数の異なる状態を区別できる、統合された存在である。つまり、ある身体システムが情報を統合できるなら、そのシステムには意識がある」
この統合情報理論に照らして、「心臓」と「小脳」と「視床―皮質系」の違いを見ていく。
さらに、著者は、意識の測定方法について述べていく。その方法をこう喩える。視床―皮質系の組織を直接叩いてそのエコーを聞く、と。その測定のための道具が、「TMS脳波計」だ。「TMSを使って大脳皮質をノックし、それによって発生する電気的反響を脳波計でとらえるのである」という。(TMSとは、経頭蓋磁気刺激法)。
この説明は、つぎのように続く。
「TMSによる刺激は、大脳皮質のニューロン・グループを活性化し、ニューロンはインパルスを発する。そのインパルスは他の大脳皮質ニューロンに影響を与え、影響が及んだニューロンはインパルスを発し、ということの繰り返しだ。一種の連鎖反応である。頭皮に多くの電極をつけ、それを、脳波記録システムの強力なアンプにつなげる。そうすれば、電気的な活性化が次々に起こる様子を、直接記録することができる。ミリ秒単位の正確さで、大脳全体の活動を記録できるのだ。大脳が統合され、かつ多様性を保っていればいるほど、その電気活動の連鎖はすみずみに、そして複雑に広がるだろう。その様子を、TMSで刺激を与えたあと、脳波計で記録しようというわけだ」
そして、睡眠、麻酔、昏睡といった、さまざまな状態における測定結果が述べられていく。
その後で、デカルトやモンテーニュなどの話を交えながら、ヒト以外の生物および無生物の意識を考察している。
ひとこと
数学的な話は出てこない。