独自のDNAをもつ細胞小器官ミトコンドリア
独自のDNAをもつ細胞小器官ミトコンドリア。ミトコンドリアDNAがもたらす話題は、ときに壮大で、ときに深刻だ
生命進化や人類の起源といった壮大な話題から、老化や病気といった深刻な話題まで、ミトコンドリアの話題は驚くほど多彩だ。おそらく、「ミトコンドリア・イブ」の話に興味を引かれた人は多かったのではないだろうか。
細胞のなかの小器官ミトコンドリアは、核のDNAとは異なる独自のDNA(ミトコンドリアDNA)を持っている。このミトコンドリアDNAは「母性遺伝」とされる。
アラン・ウィルソンとレベッカ・キャンらは、147人の現代人(さまざまな民族を含む)のミトコンドリアDNAを解析した。その論文は、1987年、『ネイチャー』誌に発表された。その研究によると、全人類の共通の祖先である女性が約20万年前(※1)にアフリカにいたという。この女性は、「ミトコンドリア・イブ」と名づけられた。
※1『ミトコンドリアのちから』(瀬名秀明/太田成男)を参照
さらに遥かな昔に遡るミトコンドリアの話。ミトコンドリアは、太古、自由生活をしていた細菌だった。その細菌が、別の生物のなかで「共生」をはじめ、そして現在のミトコンドリアとなった。これがミトコンドリアの起源らしい。「連続細胞内共生説」、「アーケゾア説」、「水素仮説」など諸説がある。
水素仮説を支持しているニック・レーンの著書『ミトコンドリアが進化を決めた』によると、メタン生成菌とミトコンドリアの祖先であるα−プロテオバクテリアの共生により、最初の真核細胞が誕生したという。こうした生命進化の謎に迫るところも、ミトコンドリアの本の魅力のひとつだろうか。性の起源という話題も登場する。
ミトコンドリアの重要な役割は、細胞呼吸により「エネルギー通貨」とも呼ばれるATPを合成することだ。この役割のため、ミトコンドリアは「発電所」や「エネルギー生産工場」などと表現されている。細胞呼吸のしくみをきちんと理解するのは大変だが、詳細はともかく、概要を知るだけでも、生命のしくみが驚くほど巧妙であることが感じられる。
ミトコンドリアは、アポトーシス(プログラム細胞死)を司っていると言われている。『ミトコンドリアが進化を決めた』によると、アポトーシスは「多細胞生物の健全さを維持するのに必要」であり、細胞呼吸の際に生じるフリーラジカルは、その「重要なシグナル」だそうだ。
ミトコンドリアDNAの突然変異が老化や癌の原因ではないのか、という主張がある。これに関して、さまざまな議論があるようだ。また、ミトコンドリアが生殖細胞の形成に関わっているという研究報告もあるらしい。ミトコンドリア病という深刻な話題もある。
ときには悠久の時に思いを巡らせ、ときには健康のことを考え、ときには生命の巧妙さに感嘆し、ときには次々と登場する専門用語にうんざりし、ときには生と死をみつめながら、ミトコンドリアの本を読んでみるのはどうだろうか。
ミトコンドリアを知る書籍
『ミトコンドリアのちから』
「ミトコンドリアの基本がすべてわかる」という方針で書かれている。とくに「エネルギー代謝」の解説に多くのページが割かれている。
- 著 者:
- 瀬名秀明/太田成男
- 出版社:
- 新潮社
『ミトコンドリア・ミステリー』
ミトコンドリアDNAにまつわる「ミステリー」を解き明かす。癌や老化の原因がミトコンドリアDNAの突然変異にあるとする説は本当なのか? ミトコンドリア研究がリアルに伝わってくるのが魅力。
- 著 者:
- 林純一
- 出版社:
- 講談社
『ミトコンドリアが進化を決めた』
ミトコンドリア研究の知見に基づいて生命進化を描きだしている。「水素仮説」を支持している。不可思議で巧妙な生命のしくみが浮かび上がる大著。ピーター・ミッチェルが提唱した「化学浸透圧説」と、細胞呼吸の際に生じるフリーラジカルの役割を解説し、これらを軸に進化を論じている。
- 著 者:
- ニック・レーン
- 出版社:
- みすず書房
『ミトコンドリアはどこからきたか』
ミトコンドリアを切り口として生命進化を論じている。「アーケゾア説」に基づいている。また、「ミトコンドリアの分裂装置」の発見など著者の研究エピソードが臨場感あふれる筆致で綴られており、ここが本書の読みどころ。
- 著 者:
- 黒岩常祥
- 出版社:
- 日本放送出版協会(現/NHK出版)
『共生生命体の30億年』
ミトコンドリアの本ではないが、「連続細胞内共生説」の提唱者マーギュリスが、共生の観点から生命進化を論じている。
- 著 者:
- リン・マーギュリス
- 出版社:
- 草思社