寝る脳は風邪をひかない
書籍情報
- 著 者:
- 池谷裕二
- 出版社:
- 扶桑社
- 出版年:
- 2022年2月
『週刊エコノミスト』の読者層を想定して綴られたエッセイ集。脳、記憶、AI、環境、インターネット、医療など、多彩なテーマが登場
本書は、『週刊エコノミスト』(毎日新聞出版)の連載エッセイ14年分(2008年~、全151回)の中から111篇を抜粋してまとめたもの。
脳研究者である著者・池谷裕二は、最新の学術論文の中から興味深い知見をピックアップして、著者なりに噛み砕いてエッセイとして紹介している。これまでにもそのようなエッセイ集を出版してきたが、それらと本書との違いについて、つぎのように述べている。
「このエッセイでは『週刊エコノミスト』の読者層を想定して、多少難しい言い回しや説明が含まれています。私の他の文章にはないような風刺、辛辣、厭世といった、もしかしたら人を不快にさせるような側面が含まれているかもしれません。」
また、文字数制限のために「説明が端折られている部分もあり、真意が伝わりにくい箇所もあるかもしれません」と記している。
1篇のエッセイは2ページなので、説明が簡潔になっているという印象はあるが、そのぶん読む時間も短くなるので、ビジネスパーソン向きかもしれない。
14年分をまとめたものではあるが、知見が古くなっているのではないかという心配はいらない。「ほとんどのエッセイは今でも耐えられるコンテンツになっています」と著者も述べているし、必要に応じて注も加えられている。
仕事のやり方の見直しなどにも活かせそうと思ったエッセイを3つ紹介
『脳の基本設計は、「いかに時間をかけずに少ない情報から即断できるか」』というエッセイでは、判断に要する情報量を調べる研究を紹介し、その結果を踏まえて、人々は多くの情報を求めるが「どれほどの情報が有効材料として活用されているかは怪しい」と述べている。「過剰な情報を収集することに奔走し、無駄な労力を浪費している可能性については常に自問すべきでしょう」と、脳の観点から提言している。
『「ツァイガルニク効果」記憶の性質』というエッセイでは、この効果の観点から、仕事の効率を高めるアイデアを提供している。
『「集合知」ーーその複雑系ダイナミクス』というエッセイでは、つぎのような話題を紹介している。クイズ大会を想定、「5000人の回答者に対して、20人のチームで打ち勝つためにはどうしたらよいでしょう」。これに関する実証実験について述べている。答えは「単純なもの」だが、その詳細が興味深い。
覚えておいたほうが良さそうと思ったエッセイを3つ紹介
『なぜか広く流布する「記憶力は年齢と共に低下する」』というエッセイでは、この俗説を否定している。こう記している。「脳の神経細胞の数は、3歳以降はほぼ一定で、100歳まで生きてもほとんど変化がないことが報告されています」。脳は経年劣化しないという。「老化すれば記憶力が衰える」という思い込みは持たないほうが良さそうだ。そんな実験結果も紹介している。
『脳は、「警報が鳴っても、つい誤報だと解釈する」』というエッセイでは、登山の危険の事例を挙げながら、「脳には危険を危険だと正しく察知することを避ける「正常性バイアス」の傾向」があることを述べている。
『病名を戦略的に宣伝する「疾病モンガリング」』というエッセイでは、この「疾病モンガリング」の問題について論じている。「疾病モンガリング」とは、「医療関係者が病名を戦略的に宣伝すること」で、「さほど深刻でない健康上の問題を、病気に結び付けるよう誘導することで、治療費や医薬品による増収を企てるのが典型的な戦略」とのこと。「健康な市民に不安を煽っている」という問題点などを指摘している。
感想・ひとこと
私が気になったエッセイのひとつが、『警察犬や麻薬探知犬「イヌの嗅覚はヒトの1億倍」ははたして本当か』で、ここにつぎのような記述がある。
「2017年、ルツガー大学のマクガン博士はイヌの嗅覚について再検証しました。その結果は予想通り、ヒトとイヌは臭いの感度は同程度だったのです。嗅ぎ分けの得手な臭いの種類に若干の差はありますが、ヒトよりイヌのほうが敏感だとするのは誤りだったのです。」
この見解は、これまで見聞きしてきたことと違うが、多くの科学者に受け入れられているものなのだろうか? 論争があるのかないのかなど、そのあたりのことがちょっと気になった。