アイドリング脳ーーひらめきの謎を解き明かす
書籍情報
- 著 者:
- 井ノ口馨
- 出版社:
- 幻冬舎
- 出版年:
- 2024年11月
研究者としての自身の歩みや思考を交えながら、記憶やひらめきに関する研究成果を紹介する
著者・井ノ口馨は分子生物学者・神経科学者で、長年にわたり記憶の研究を行っている。本書では、研究者としての自身の歩みや思考を披露し、また記憶の基礎を簡潔に説明し、記憶やひらめきに関する研究成果を紹介している。
また、自身のひらめき体験も交えて、「ひらめきを得るためには、アイドリング脳が必要」という見解を示している。
「アイドリング脳」とは
書名の「アイドリング脳」について著者は、つぎのように説明している。
「アイドリングとは、自動車であれば、走行していないけれどエンジンをかけている状態を意味します。僕は、何かに集中していないけれど、脳が働いている状態をアイドリングととらえ、アイドリング脳と名付けました。」
「アイドリング脳とは、睡眠中や休息中など、何かに集中していないときの脳の状態や働き、そして、潜在意識下の脳の状態や活動のことです。」
この説明を読んで、「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」とどう違うのか、と思った方もいるのではないだろうか。この両者は「かなり重なりが大きいもの」と著者は考えている。しかし、それぞれ解明されていないことが多いため、現時点ではその違いなどもまだ明らかになっていないそうだ。
また、両者のアプローチの仕方の違いについて述べている。著者は、「光遺伝学」という手法を用いて、「因果関係を含めた研究」に取り組んでいる。
マウスは歩いているときにひらめいた?
本書では、これまでに著者らが行った複数の実験を簡潔に説明している。とくに本書においては、記憶と睡眠に関する実験のところが読みどころだ。
第2章では、著者らのマウスを用いた実験結果をもとに、「学習したことは、無数の断片として記憶され、睡眠中に選抜・定着をしている」と考えられることを紹介している。
ここからさらに、脳で記憶の選抜・定着が起こっているなら、「忘れた(と思っている)記憶」は消滅したのか?という問いを提起して、それを確かめた実験について見ていく。
第3章は、「ひらめきの瞬間をとらえた」という章題で、マウスがひらめきを得たといえる瞬間をとらえた一連の実験を説明している。ここが本書のハイライトだろう。
散歩中にひらめきを得るという話はよく聞くが、この実験でマウスも歩いている途中にひらめいたらしい。具体的には、マウスがエサという報酬を得るために〝推測できた〟瞬間をとらえている。その瞬間のニューロン集団の活動をとらえたということ。この集団を「推論ニューロン群」と名付けて、さらに、推論ニューロン群が「いつ」つくられたかを追っていく。
上述した推論ニューロン群の話題にたどりつく前に、マウスは推論できる、その推論のためには睡眠が必要、ということを明らかにした実験を紹介している。各ステップごとに丁寧に論じているので読みやすい。なお、睡眠は「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」に分けて説明している。
感想・ひとこと
約160ページ。研究者の思考が垣間見えるので、この分野の研究者になりたい方にはとくにおすすめできる。