睡眠と覚醒をあやつる脳のメカニズムーー快眠のためのヒント20
書籍情報
- 著 者:
- 櫻井武
- 出版社:
- 扶桑社
- 出版年:
- 2025年3月
睡眠科学の教養を得ることができる
快眠のためのヒントを、「光環境」「環境温度」「睡眠圧」「感情」の4つの切り口から紹介する。この4つを各章とし、ひとつの章の構成は、以下のようになっている。
まず、快眠のためのヒントを「Tips」として簡潔に伝える。つぎに「理解編」としてそのメカニズムを解説。最後に睡眠に関するやや専門的な内容(一般レベル)を「コラム」として取り上げる。1つのTipsは1ページほどの説明で、各章あたり4〜7のTips、合計20のTipsが紹介されている。
最終章(第5章)は、Tipsや理解編という形式ではなく、「睡眠の役割」と題して、睡眠と脳に関する多彩なトピックを見ていく。本章のコラムでは、神経ペプチド「オレキシン」の発見エピソードを中心に、研究手法の解説も交えて、著者の研究について綴っている。
著者・櫻井武は、オレキシンの発見者として知られている。また、著者の研究グループは、冬眠様状態にみちびく「Qニューロン」を発見している。第5章には、「Qニューロン」の話題も登場しており、ここも読みどころのひとつだ。
睡眠と覚醒を切り替える脳内メカニズムを一般レベルで解説
たとえば、「視床下部の前のほうは「視索前野」と呼ばれる」こと、「視索前野には睡眠時にだけ活動をする神経細胞(ニューロン)がある」こと、「この「睡眠ニューロン」が興奮し、「GABA」という神経伝達物質を放出し、覚醒にかかわる部位を抑制することにより睡眠は開始し、維持される」ことを説明している。
もちろん、覚醒にかかわる部位である「脳幹」についても解説している。
「覚醒システムのある脳幹は、視床下部のすぐ後ろにあって、呼吸や血液循環などを統制している」ことや、「脳幹網様体」を簡単に説明し、「この脳幹網様体が大脳皮質に命令を出して、覚醒をつくる」ことを述べている。そして、覚醒システムに働くいくつかの神経伝達物質について紹介している。
著者が発見した神経ペプチド「オレキシン」は、覚醒を安定維持させる働きをしている。神経ペプチドとは何かといった説明からはじめて、オレキシンについて一般レベルで詳述している。
「睡眠システム」と「覚醒システム」は、「互いに抑制し合う関係」にあり、これを「シーソー」の喩えで説明している。「睡眠システムの活動が高まって、覚醒側より上回れば睡眠がもたらされる。覚醒システムの活動が高まり、睡眠より上回れば覚醒する」。この喩えでは、オレキシンは覚醒を維持するように「シーソー」を安定させている。
オレキシンをつくる神経細胞が、何によってその活動を変化させているのかなど、オレキシンについての知見を得られるところは、本書の大きな特徴のひとつだ。
このレビューでは、睡眠と覚醒を切り替える脳内メカニズムの解説箇所を、部分的に引用しながら紹介したが、本書ではもっと丁寧に説明している。
喩えを用いた説明。また、睡眠知識の誤解を正す
上述したように、睡眠と覚醒の脳内メカニズムについては「シーソー」の喩えを用いて説明している。覚醒・ノンレム睡眠・レム睡眠という脳の3つの作動モードについては「パソコン」の喩えを、「睡眠圧」については「ししおどし」の喩えを用いている。このように喩えを交えながら、睡眠科学にまつわる知識を紹介している。
本書では、体内時計(生物時計)、睡眠薬、記憶と睡眠の関係など、多彩な睡眠の知見に触れることができる。また、世間に広まっている睡眠知識の誤解を指摘し、正しい知識を伝えている。
感想・ひとこと
櫻井武の本で睡眠科学の教養を得るなら、2025年6月時点では、本書が最適だと思う。
ただし、同著者の『睡眠の科学』(ブルーバックス)と『すぐに実践したくなるすごく使える睡眠学テクニック』を両方読んでいる人にとっては、既知の内容がほとんどになる。
上述した2冊を読んでいない人が、櫻井武の本で睡眠に関する教養を得ようと思うなら、2025年6月時点では、本書『睡眠と覚醒をあやつる脳のメカニズム』を選ぶのが最適ということ。
とはいっても、本書には快眠のための「Tips」も記されているので、睡眠に関する科学的知見のみに興味がある方にとっては、『睡眠の科学』のほうが好みかもしれない。睡眠と覚醒の脳内メカニズムの解説も、『睡眠の科学』のほうが詳細だ。しかし、『睡眠の科学 改訂新版』は2017年出版の本なので、最新情報が含まれていない。そのことを考慮して、2025年6月時点では、櫻井武の本で睡眠科学の教養を得るなら本書をおすすめしたい。