進化の意外な順序
著 者:
アントニオ・ダマシオ
出版社:
白揚社
No image
盲目の時計職人
著 者:
リチャード・ドーキンス
出版社:
早川書房
No image
ミラーニューロンの発見
著 者:
マルコ・イアコボーニ
出版社:
早川書房
No image
芸術と科学のあいだ
著 者:
福岡伸一
出版社:
木楽舎
No image
単純な脳、複雑な「私」
著 者:
池谷裕二
出版社:
講談社
No image
これが物理学だ!
著 者:
ウォルター・ルーウィン
出版社:
文藝春秋
No image

磁力と重力の発見

書籍情報

【「1 古代・中世」】
No image
著 者:
山本義隆
出版社:
みすず書房
出版年:
2003年5月
【「2 ルネサンス」】
No image
著 者:
山本義隆
出版社:
みすず書房
出版年:
2003年5月
【「3 近代の始まり」】
No image
著 者:
山本義隆
出版社:
みすず書房
出版年:
2003年5月

各時代を代表する人物たちの自然観や磁力・重力理解を、原典にあたりながら、その時代背景や経歴を交えて描き出す

近代自然科学の成立にとってのキー概念は、物理学にかぎるならば、「力」とりわけ「万有引力」であるとして、力概念の形成と発展をたどる。

「遠隔力」としての万有引力概念は、当時、きびしい批判にさらされた。

古代から、「直接的な接触なしの遠隔力のほとんど唯一の顕著な例」となっていたのは、磁力だった。この磁力を、不可視の粒子などに依拠した「近接作用」と見なすか、あるいは、生命的ないし霊魂的な「遠隔作用」と見なすか、それぞれの時代を代表する人物たちの自然観や磁力理解を、その時代背景や経歴を交えて論じていく。

そしてケプラーが「天体間に働く力(重力)を磁力にならって構想した」ことなどを述べて、「天体間にはたらく重力という表象を獲得するさいに磁力からの連想がはたした役割は、今ではほとんど忘れられていて奇異な感すら抱かせるが、現実には絶大なるものであった」ことを浮き彫りにしている。

本書は全3巻からなり、大まかな構成はつぎのとおり。

第1巻では、古代ギリシャからヨーロッパ中世における自然観や磁力観、13世紀における磁力理解の転換について、第2巻では、ルネサンス時代の魔術思想の復権、「技術者による技術にたいする実験的・合理的アプローチの登場」、16世紀後半における「文献魔術から実験魔術への転換」について、第3巻では、ギルバートが磁気哲学を提唱し、その影響を受けたケプラーが「天体間に働く力(重力)を磁力にならって構想し」、ニュートンが万有引力理論を作りあげたことを描き出す。クーロンの登場で本書の長い物語は終わる。

以下に、どんな人物たちの見解に触れることができるかにフォーカスして、本書の主な流れを紹介する。

「1 古代・中世」

まず、古代ギリシャにおける磁石への言及を丹念にたどる。タレスから説き起こし、「磁力のそれなりに合理的な「説明」を最初に試みた」エンペドクレスとデモクリトスとディオゲネス、そして同時代を代表するプラトンやアリストテレスなど、さまざまな人物の思想を見ていく。また、古代ローマ人であっても、古代ギリシャでとりあげるべきという人物については、ここで論じている。

そして、磁力にたいするギリシャ哲学の立場が以下の二つに大きく分かれることを述べる。つぎのように記している。

「一方には、デモクリトス、エピクロス、ルクレティウスたちの原子論による説明、およびエンペドクレス、ディオゲネス、後期プラトン、プルタルコスたちによるミクロ機械論的な説明、総じて還元主義の立場からの近接作用論が置かれる。他方には、タレス、初期プラトン、アリストテレスの磁力を神的で霊的な能力と見る見解、そしてガレノス、アレクサンドロスによる生命的ないし生理的な磁力観すなわち有機体的全体論がある。この後者の二つの立場は、ともに磁力をそれ以上説明の不可能な遠隔作用として受け入れるものである。」

つぎに、古代ローマの自然観について見ていく。プリニウスの『博物誌』などに触れながら、「磁石の働きを生物になぞらえて見る生物態的視点の浸透」や、「自然万有のあいだの共感と反感の網の目でもって自然の働きが成り立っている」という見解の形成など、ローマ社会における自然観のポイントを挙げる。この時代の自然の見方は、ヨーロッパ中世に大きな影響を及ぼしたという。

キリスト教社会が成立したヨーロッパ中世の自然観についての論考は、ローマ帝国にキリスト教が浸透していく歴史を簡潔にたどるところから始まる。ここでは、アウグスティヌスの思想、マルボドゥスの『石について』、ヒルデガルトの『自然学(フィジカ)』、アルベルトゥス・マグヌスの『鉱物の書』などを取り上げて、当時の磁石にたいする見方を述べていく。

中世における磁力理解が大きな転換を迎えるのは、13世紀だという。それに至るまでの歴史を簡潔に記している。イスラーム社会との接触とそれによる古代ギリシャの哲学と科学の発見、大学の登場、「航海用コンパスの使用のはじまり」、「磁石の指向性の発見」などの話題がある。

そして、13世紀の転換を代表するという3人、「中世スコラ学を完成させた」トマス・アクィナス、「「経験学」の創始者と称される」ロジャー・ベーコン、「最初の実験物理学の論文ともいうべき『磁気書簡』を著した」ペトロス・ペレグリヌス、それぞれの自然認識や磁力理解を、各自ひとつの章を割いて見ていく。

トマス・アクィナスは、「磁石は磁力を天の物体から得た」と見なした。

ロジャー・ベーコンは、「きわめて重要な「磁気作用の空間的伝播」という観念を提唱している。」

ペトロス・ペレグリヌスは、「磁石が南北の極をもつ双極子であること、そしてその同極は反撥しあい異極は引き合うことを実験的に示すことで、実証的な磁石研究の第一歩を切り開いた。」

「2 ルネサンス」

第2巻の最初に登場するのは、磁力強度の定量的測定を提案したニコラウス・クザーヌス。

クザーヌスの生い立ちから紹介し、主著『知ある無知』など著書の記述を交えて、神学思想、彼が主張した「宇宙の無限性」や「自然認識における数の重要性」について、磁力観について見ていく。

著者は、こう記している。「クザーヌスにとって知性的な認識とは、同一度量単位に還元することによる量的一元化と、それにもとづく定量的測定によってのみ成し遂げられるものであった。そしてここに私たちは、古代・中世の定性的(質的)自然理解から近代の定量的自然理解への自覚的な転換を見出す。」と。

つぎに、中世キリスト教社会において異端として抑圧されていた魔術思想が復権していくさまを描き出す。

「15世紀の後半に新プラトン主義やヘルメス思想を発掘・紹介して魔術思想を復権させた」中心人物である、マルシリオ・フィチーノとジョヴァンニ・ピコ・デラ・ミランドラの思想を見ていく。自然魔術とダイモン魔術が区別され、自然魔術は容認される。ここでは、とくにフィチーノの思想や磁力観を詳述している。さらに、16世紀前半に「前期ルネサンスにおける魔術大全」といえる『オカルト哲学』を書き上げたコルネリウス・アグリッパを取り上げる。

大航海時代、新たにもたらされた見聞によって古代崇拝が少しずつ打ち砕かれていく。その時代の空気感を描写し、そして地球磁場の認識にとって重要な出来事となった「偏角の発見」と「伏角の発見」について詳述する。

伏角の発見者の一人、「船乗りあがりの羅針儀製造職人」ロバート・ノーマンは、1581年、『新しい引力』を英語で著した。この書籍に記されている磁石と磁力に関する実験や考察を見ていき、たとえばノーマンが、「やがてデッラ・ポルタそしてギルバートに引き継がれてゆく「力の作用圏」というきわめて重要な表象の初めての提唱」を行ったことなどを論じる。

ノーマンのような技術者・職人などによって「俗語(自国語)」で書かれた書籍が出現するようになった時代背景も描き出している。著者はこう記している。「ヨーロッパ全土で文化革命とも言うべき大きな地殻変動が知の世界に生じていたのである。」と。ここでは、技術者のヴァンノッチョ・ビリングッチョによってイタリア語で書かれた『デ・ラ・ピロテクニア』(「鉱業と冶金業、そして火をもちいる技術全般にわたる技術書」)などを取り上げている。

このあと、パラケルススの生涯と医学思想・自然思想を概観する。

パラケルススは、旧来の医学教育を批判した。「古代の学者の著書にではなく、老若貴賤を問わず、正統・異端を問わず、現に医療に携わっている人たちの経験と実践に学ぶ」のが、彼の姿勢だった。しかし、「その「経験」や「実践」がかならずしも近代的で合理的なものとは限らない」ことも述べている。パラケルススは、「フィチーノたちの魔術思想とヘルメス主義に大きな影響を受けていた」。

磁石と磁力については、「医療にとって磁石はどのような効能をもつのかというその実用性」がパラケルススにとって重要だった。「磁気治療」は、「パラケルススの創案のように言われている」。

パラケルススが死後に及ぼした影響についても、後の時代の話題を含めて取り上げる。

「化学哲学」が「遠隔作用を認め受け入れた」ことや、磁気治療と称されていた「武器軟膏」による治療について記している。

そして、上述した15世紀後半のフィチーノらによって復権した魔術思想が、16世紀に入ってどのように変貌を遂げていくかを論じる。

「霊魂の不滅や超自然的な奇蹟を信じない合理主義者であった」イタリアの哲学者ピエトロ・ポンポナッツィや、「理性と常識の立場からダイモン魔術を断固として否定し」たイギリス人のレジナルド・スコットの思想などを見ていき、「ジョン・ディーと魔術の数学化・技術化」の話題を経て、16世紀後半に自然魔術が「文献魔術から実験魔術へ」と転換していくさまを述べている。

その16世紀後半の魔術思想を代表するのが、ジェロラモ・カルダーノとデッラ・ポルタだという。とくに著者が重要視して光を当てているデッラ・ポルタについては、ひとつの章を割いている。

カルダーノは、琥珀現象を近接作用として説明し、さらに、「「磁石と琥珀はおなじように引き寄せるのではない」として、静電気力と磁力の実際に見られる違いを列挙している。」

カルダーノの方向性をより明白に示したのが、ジョルダノ・ブルーノだという。ブルーノは、磁力や琥珀の力を「生命的で能動的なエーテルないし精気の働きによって引き起される近接作用」と考えた。しかしブルーノにおいては、「カルダーノに見られた観察や実験の重視、あるいは魔術の技術的適用という方向性は見られない。」

磁力認識においてカルダーノの路線を推進したのが、デッラ・ポルタだという。

ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタが著した『自然魔術』は、当時ベストセラーとなり、その全体的な印象はポピュラー・サイエンスあるいは家庭百科辞典のようなものだが、それにとどまらず、「光学や磁気学の分野での実験物理学の第一歩とも言うべき内容を含んでいる」という。その内容を、『自然魔術』が書かれた当時の社会情況も交えて見ていく。

とくに、『自然魔術』第七巻における磁石と磁力の考察について詳述している。この第七巻について、たとえば、つぎのように記している。

「磁石の理論について言うと、『自然魔術』第七巻でもっとも重要なことは、磁石や鉄を引き寄せる磁力が遠隔力であることのみならず、鉄にたいする磁化作用(磁気誘導)もまた遠隔作用であり、さらには磁力が距離とともに減衰することを明確に語り、そのこととの関連で「力の作用圏(orbis virtuitis)」という概念を創り出したことである。」

「力の作用圏」という概念の創始者がデッラ・ポルタであることを証拠だてるという一節も引用している。

ほかにも、磁石にまつわる千数百年以上にわたって語り継がれてきた多くの迷信を、「素朴ではあれ地に足のついた着実な実験」によって否定し、過去のものとしたことなどを述べている。

デッラ・ポルタは、科学史において「はなはだ過小評価されてきた」という。「ギルバートはデッラ・ポルタからきわめて多くのものを得ている」ことを著者は示す。

「3 近代の始まり」

第3巻は、ウィリアム・ギルバートから始まる。

ギルバートの経歴とその時代について描写し、その著書『磁石論』の全体像を追いながら、彼が、「17・18世紀の静電気研究の出発点を築いた」ことや、「地球が一個の巨大な磁石である」と考えたこと、「地球が本源的形相として磁性を有する活性的な存在であるという磁気哲学を提唱」したことなどを論じている。

つぎに登場するのが、「ケプラーの三法則」で知られるヨハネス・ケプラー。

ギルバートの磁気哲学の影響をうけたケプラーは、「天体間に働く力(重力)を磁力にならって構想した」。ケプラーが当時の天文学を変革したことなどを見ていき、ケプラーの「動力学」や「重力理論」について述べる。ケプラーは、「万有引力に近い観念を把握していたよう」だ。

ガリレオ・ガリレイやルネ・デカルトは、「機械論的自然観」を提唱した。この自然観を説明して、こう記している。「……その根底にあるのは、物質的物体は不活性で受動的であるという物質観である。……」

彼らは、ケプラーの三法則と重力概念の意義を掴み損ねた。「とりわけ天体間の重力については、理解されなかったというよりは、むしろ拒否されたと言うべき」だという。

ガリレイが潮汐について誤った説を展開したことや、デカルトの「渦動仮説」、「イギリスに最初にエピクロスとガッサンディの原子論を紹介した」ワルター・チャールトンの自然観などを取り上げている。

このあと、「イギリスにおける機械論の変質」を見ていく。フランシス・ベーコン、トマス・ブラウン、ヘンリー・パワー、ロバート・ボイルについて論じている。

フランシス・ベーコンは、経験にさいして先入観を捨てるべきことなどを主張し、「独特の帰納法」を提唱した。

トマス・ブラウンは、「デカルト自然学を許容しつつも、それをベーコン主義の土壌に移植しようとした」。

「イギリスでいちはやく機械論を受け入れた」ヘンリー・パワーは、その立場から磁力について語った。著書『実験哲学』を見ながら、彼が「デカルト機械論にいくつかの変更を加えた」ことや、当時の機械論の磁力理解などについて述べる。

自身の物質観を「粒子哲学」と称したロバート・ボイルは、「自然的世界を自動機械のように見る自然観」をもち、「すべての性質を「物質と運動」から説明しようとする一連の研究」を行った。実験を重視し、みずから行った「真空実験に由来する特異な空気観」をもっていたこと、「ボイルの考える宇宙空間には、特殊な性能を有する発散気のたぐいがいく種類も含まれている」ことなどを見ていく。

そして、いよいよ万有引力概念の登場となる。

イギリスにおいて、機械論哲学とならんで「ギルバートとケプラー以来の「磁気哲学」が力強く命脈を保っていた」ことを記し、「王立協会」創設の経緯を交えながら、まず、ジョン・ウィルキンズの磁力と重力についての見解を論じる。

つぎに、機械論者のロバート・フックが、「重力と磁力の測定」に取り組んだことや、「機械論には異質な遠隔力を受け入れる素地を作り」、「ニュートンが万有引力理論と世界の体系を作りあげる」うえで大きな役割を果たしたことなどを詳述する。

アイザック・ニュートンの「引力」概念は、当時きびしい批判にさらされた。機械論とニュートンの違いについて見ていき、つぎのようにまとめている。

「磁力のような霊魂的なあるいは魔術的な遠隔力を拒否し、そのからくりを解明することによって魔術を解体できると考えた機械論は重力の説明に挫折した。これにたいしてニュートンは、精密な観測にもとづいて重力を厳密な数学的法則に従わせることによって、言うならば魔術的な遠隔力を合理化したのである。」

重力の原因や磁力についてのニュートンの見解も論じている。

最終章となる「エピローグ」では、「磁力法則の測定と確定」と題して、ミュッセンブルーク、リチャード・ヘルシャム、カランドリーニ、ジョン・ミッシェル、トビアス・マイヤー、クーロンの研究を見ていく。

(引用の際に、年代表記の漢数字は算用数字に改めた。)

感想・ひとこと

名著として知られる一冊。おすすめ本。

初投稿日:2025年06月23日

おすすめ本

著者案内

レビュー「著者案内:橋本幸士」のメイン画像「著者案内:本庶佑」の画像「著者案内オリヴァー・サックス」の画像「デイヴィッド・J・リンデンの本、どれを読む?」メイン画像「デイヴィッド・イーグルマンの本、どれを読む?」メイン画像「井ノ口馨の本、どれを読む?」メイン画像「櫻井武の本、どれを読む?」メイン画像「多田将の本、どれを読む?」メイン画像「リチャード・ドーキンスの本、どれを読む?」メイン画像「福岡伸一の本、どれを読む?」メイン画像「傳田光洋の本、どれを読む?」メイン画像「マイケル・S.ガザニガの本、どれを読む?」メイン画像「アントニオ・R・ダマシオの本、どれを読む?」メイン画像「池谷裕二の本、どれを読む?」メイン画像「リサ・ランドールの本、どれを読む?」メイン画像「ジョゼフ・ルドゥーの本、どれを読む?」メイン画像「V.S.ラマチャンドランの本、どれを読む?」メイン画像「村山斉の本、どれを読む?」メイン画像「大栗博司の本、どれを読む?」メイン画像

テーマ案内