驚きの皮膚
書籍情報
- 著 者:
- 傳田光洋
- 出版社:
- 講談社
- 出版年:
- 2015年7月
皮膚科学の見地から、人間社会に存在する「システム」について論じることを試みた一冊。また、皮膚の進化、皮膚の基本構造や「バリア機能」や「見えざる能力」、皮膚とこころの関係などを語り尽くす。芸術の話題も登場
「私はこの本で「システム」について考えようと思います」。書名からすると、意外な書き出しだろうか。著者は「はじめに」でつぎのように述べている。「私はこれまで、個体と環境の境界である皮膚が、現代人類の自己意識や、社会性の形成に果たしてきた役割について考えてきました。そこで、本書では人間社会に存在するシステムについても皮膚科学の立場から考察してみようと思い立ちました」と。
この考察は、「第六部」で行なわれる。ここが本書のハイライトだ。「人間が作ってきたシステム、それが皮肉なことに個人を阻害するものになってきたこと」を論じ、「皮膚感覚」の観点から「システムの在り方」を検証しなおすことを唱えている。
著者は、村上春樹のエルサレム賞受賞時の「壁と卵」のスピーチを引用するなどして、「システム」の暴走について述べる。そして、「「システム」の暴走と表裏一体をなしているのが、「意識」だけが人間の認識、判断、行動を担っているとする誤解だと考えています」という。
現在の「大脳生理学の研究成果は、意識が私たちの生活において、限定的な役割しか果たしていないことを示唆して」いる。そうであるなら、無意識に目を向ける必要があるということになる。著者は、「皮膚感覚情報のほとんどが無意識に作用する」ことを論じている。「無意識が人間の行動を左右しているなら、皮膚からの情報は人間の行動、思考などに莫大な影響を及ぼしているでしょう」という。
無意識の重要性を示す事例をいくつか紹介している。それは研究事例だったり、興味深いエピソードだったりする。たとえば、非凡な「目利き」として知られる白洲正子の「触覚的知性」の話題がある。白内障を患い入院した白洲正子が、視覚はほとんどない状態で、手渡された「根来塗の盆」の価値を正しく判断してしまう逸話だ。これは「第五部」にある。
こうした逸話を織り込んだり、実験の話題(たとえば、アントニオ・ダマシオの「カードゲームの実験」、これは「第四部」にある)を織り込んだり、というように、読み物としてバランスが良い。それが本書の魅力のひとつだろう。
本書は、皮膚の進化、皮膚の基本構造や「バリア機能」、皮膚の「見えざる能力」、皮膚とこころの関係、「皮膚感覚が言語を生み出した可能性」、意識などについて、ときには専門的に、ときには物語風に論じている。傳田光洋の本をはじめて読むのであれば、新しい皮膚観を持つようになるかもしれない。
「第七部」では、「芸術と科学について」述べる。ここには、つぎのような文章がある。「システムが巨大化するにつれ、その暴走に気付いた人々は、もっと原初の本能、すなわち自らを愛する本能、その大切さに気が付き、しかしながらシステムを離れることはできず、そのジレンマから芸術が生まれた」。ここでは、フィンセント・ヴァン・ゴッホ、グスタフ・マーラーなどをとりあげている。
ひとこと
著者は、科学はもちろん、芸術や文学にも造詣が深い。それが、本書を魅力的な読み物にしている。