脳はみんな病んでいる
書籍情報
- 著 者:
- 池谷裕二/中村うさぎ
- 出版社:
- 新潮社
- 出版年:
- 2019年1月
- 著 者:
- 池谷裕二/中村うさぎ
- 出版社:
- 新潮社
- 出版年:
- 2023年8月
『脳はこんなに悩ましい』の第二弾。脳研究者・池谷裕二と作家・中村うさぎの対談
不安障害、幻覚と夢と現実について、認知症、ゲノム編集技術、人工知能、ギャンブル依存症や買い物依存症、「動物にも〝抽象〟がわかる」、時間について、ボトックス、第六感、共感、トキソプラズマ、自閉スペクトラム症、など、話題は多彩。
「階段の近くで恐怖を感じることは、むしろ自然界では普通の状態であって、それを感じない「健康な人」のほうが、生物学的には非標準な状態にあるとも言えそうです」(池谷裕二の発言)
中村うさぎは、車イス生活をしていて、階段の前に来ると「転げ落ちる!」という恐怖を感じ、ときどきパニック障害みたいになるという。そんな話から始まり、不安障害やその一種である強迫性障害(強迫症)の話題となる。
中村うさぎは階段から転げ落ちた経験はないのに、なぜそのような恐怖に襲われるのか。残念ながら現時点で、生物学的な理由はまだよくわかっていないという。でも、「階段の近くで恐怖を感じることは、むしろ自然界では普通の状態」とも言えるようだ。
生まれたばかりのヒヨコは、ガラス張りの高床の上には絶対出ていかないそうだ。「高所は怖いと最初から感じるようにプログラムされている」という。ヒトの場合は、ガラス張りの場所は完全性が確保されていると知的に理解できる。つまり後天的に恐怖と不安を克服できる。
池谷裕二は、こう述べている。「階段の近くで恐怖を感じることは、むしろ自然界では普通の状態であって、それを感じない「健康な人」のほうが、生物学的には非標準な状態にあるとも言えそうです」
階段が怖い、高所恐怖症、そのようなものを克服する方法はあるのか? 中村うさぎの問いかけに池谷裕二は、現時点の医療ではなかなか難しいと述べたうえで、「虫に対する恐怖を消すことができるという実験結果」を紹介する。記憶の「再固定化」について解説している。
「お酒を一緒に飲んだら意気投合するとか、女の人を口説きやすくなるのはホントだったんだ」(中村うさぎの発言。共感にまつわる話のなかで)
共感と同情の違いについて、池谷裕二はつぎのように説明する。
「「共感」は単に相手と同じ感情になる、あるいは同じ行動をとることを言います。でも、「同情」はもう一歩先に進んだ感情です。かわいそうな相手の気持ちを想像し、なんとかして助けてあげたいと思うことです」
そして、共感は多くの動物に見られるが、同情は人間に特徴的だという。
共感するときには、「ACC」(前帯状皮質)という脳部位が活性化するそうだ。「あの人痛そう」と思ったときに活動するACCの神経は、自分が痛がっているときにも活動するという。
「ACCは苦痛を感じるときに活性化する場所」。ヒトのACCを電気刺激したある実験によると、電気刺激によって苦しい状況がリアルにイメージされるそうだ。ところが面白いことに、それは単純にネガティブな感情ではなく、その苦難を乗り越えようというような、前向きなものに感じられるらしい。池谷裕二は、つぎのように述べている。
「同じACCの活性化でも、ヒトの場合は、単なる「苦痛」ではなく、そこからの「克服」へと一歩進んでいます。これは「共感」から「同情」への進化とも関係があると思うのです。」
中村うさぎが、こう反応する。「あ、そうか。他人の痛みを想像して一緒に顔をしかめるだけならば「共感」だけど、それを克服しよう、つまり、苦しんでいる他人を救ってやろうと考えたら、それは「同情」になる。」
池谷裕二「そうなのです。ヒトはACCの活用法がほかの動物よりも一歩進んでいる」
池谷裕二の研究室でも、ACCの活動を調べているそうで、面白いことがわかってきたという。こう述べる。「オキシトシンというホルモンは、他者の気持ちへの共感を強めるのですが、それはACCの活動を調整して、自分の痛みと他者の痛みの活動の一致率を高めることによるのです。」
で、このオキシトシンと似た作用の物質が、アルコールだという。
中村うさぎは、こう言う。「お酒を一緒に飲んだら意気投合するとか、女の人を口説きやすくなるのはホントだったんだ」
さらに、オキシトシンの働きには二面性があることを説明している。
トキソプラズマに操られている?
トキソプラズマは、ネコがよくもっている寄生虫で、「有性生殖」と「無性生殖」の両方ができる。でも、「トキソプラズマが有性生殖できるのはネコの体内だけ」。有性生殖のほうが、遺伝子のバラエティが豊かになるため「種の繁栄や進化には有利」だという。トキソプラズマは、ヒトやネズミにも寄生するが「本当の意味での宿主はネコ」。「トキソプラズマはネコに寄生して有性生殖したい」という。
ネズミにトキソプラズマを感染させた研究があるそうだ。どうなるか? 池谷裕二はつぎのように述べている。
「ネズミの筋肉にトキソプラズマが感染すると、動きが緩慢になります。意外だったことは、ネズミは本能的に天敵であるネコの匂いを嫌うはずなのに、トキソプラズマに感染すると嫌いではなくなり、ときには自分からネコの近くに寄っていきます」
ネズミはトキソプラズマに操られている? そんな中村うさぎの問いかけに池谷裕二は、「まさに。」と答える。
トキソプラズマは人にも感染する。ではネコ好きな人は? そんな話題が展開される。
著者二人は、「自閉スペクトラム症」かどうかの診断を受けにいく
アメリカ精神医学会が作った「DSM」(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders=精神障害の診断と統計マニュアル)という本があり、DSM-4(第四版)がDSM-5(第五版)に改訂されたとき、自閉症やアスペルガー症候群は「自閉スペクトラム症」とひとくくりにされたそうだ。
池谷裕二は、自分が「自閉スペクトラム症」ではないかと自分自身で疑っており、中村うさぎも、もしかしたらアスペルガーかもしれないと思ったことがあり、著者二人は、「自閉スペクトラム症」かどうかの診断を受けにいく。
最後は、精神科医と著者二人による鼎談のような感じとなり、「自閉スペクトラム症」にまつわる話をしている。ここでは、著者二人のエピソードも披露されている。
本書では、「正常とは何か」ということについても語っている。
ひとこと
多彩な話題があるが、「自閉スペクトラム症」「認知症」の話題が多め、という読後感をもった。
(この書評は単行本を読んで書いている。)