脳を支配する前頭葉ーー人間らしさをもたらす脳の中枢
書籍情報
- 著 者:
- エルコノン・ゴールドバーグ
- 訳 者:
- 沼尻由起子
- 出版社:
- 講談社
- 出版年:
- 2007年12月
前頭葉障害の患者たちとのエピソードをとおして、前頭葉の役割を浮き彫りにする。映画や小説をおもわせる自叙伝の側面もあわせもつ
訳者あとがきによると、原書は2001年に刊行され、12カ国語に翻訳されている。一般向け解説書ではあるが、脳部位などの専門用語をまじえながら解説する読み応えのある一冊。そして読み物としてのおもしろさを兼ね備えている本でもある。
前頭葉は、「人それぞれの個性やアイデンティティ、さらに意欲、野心、人格といった人間の本質を生み出している」という。この前頭葉の機能が事故や病気などで障害されると、どうなるのだろうか。本書は、臨床医として接してきた前頭葉疾患の患者たちの異様なふるまいを描くことで、前頭葉の機能を浮き彫りにしている。
たとえば、ある背外側前頭葉症候群の患者は、「ほぼ一日中ベッドで過ごし、うつろな表情で宙を凝視している」。この患者は「どんな行動でも自分から開始することができない」、そして「いったんある行動に携わると、患者は自力ではその行動を終了することも変えることもできない」という。具体的にはこんな感じだ。
紙に「十字を一つ描くよう頼むと、最初はこの指示を無視しようとする。彼の手をとって紙に置き、少し押してやると、ようやく描きはじめる。しかし、開始すると、途中でやめられず、手をとって紙から離すまで小さな十字を延々と描き続ける」
ほかにも、「状況依存的行動」、「模倣したがる」など、この患者の奇妙なふるまいが描かれている。本書はこうした具体的なエピソードをとおして、前頭葉の役割を伝える。この患者以外にもたくさんの患者が登場し、そのエピソードは読者の興味を引くものばかりだ。著者は、前頭葉の役割を「脳というオーケストラを統率する指揮者」にたとえている。
前頭葉の役割を見ていくまえに、脳を概説する。ここでは、たとえば左右の大脳半球の役割が解説されている。右半球は「新奇性」と、左半球は「認知的慣例」と結びついているという見解が示されている。
プロローグは、まるで映画や小説のようだ。ソ連時代のエピソードで、恩師アレクサンドル・ロマノビッチ・ルリアとの交流、そしてアメリカへ亡命するまでのエピソードが綴られている。序文はオリバー・サックス。
ひとこと
おもしろい本だと思う。脳の構造などの概説は親切とはいえないし、つぎつぎと出てくる脳部位の名称などにうんざりする人もいると思う。そのあたりが気にならない方であれば、楽しめるのではないだろうか。