エピゲノムと生命ーーDNAだけでない「遺伝」のしくみ
書籍情報
- 著 者:
- 太田邦史
- 出版社:
- 講談社
- 出版年:
- 2013年8月
遺伝学の基礎を概説するところからはじめて、「エピジェネティクスの世界」に読者を導く「硬派」な本
本書は、『源氏物語』の光源氏の服装の話題からはじまる。引用されているのは、多くの参加者が「位袍(黒などの単色の服)という正装をして」いる政敵の宴席に、光源氏が、他とは異なる「優美な装い」で「意図的に遅れて入場する」という場面。
この引用および解説ののち、「「何を着ているか」「どういう特徴の服装か」によって、その人の状況や境遇がある程度判別できる」と著者は話を続ける。そして、DNAも「裸」ではなく「服」を着ているのだと喩える。こう説明している。
「実は我々の体の設計図であるDNAは「裸」ではありません。「ヒストン」という円盤状のタンパク質がDNAに数珠状に結合し、これが階層的に集合して、「クロマチン構造」や「染色体構造」と呼ばれる「服」を着たような状態になっています。そして、その着ている服の状態(どのような飾りがついているか、薄着か厚着かなど)が、所々で異なっています。(中略)DNAの着ている「服」が、ドレスコードのように、一つの意味を持つ「コード(暗号)」を表現しているのです」
上記の引用は「まえがき」からで、著者はこのような喩えを用いて、本書のテーマ「エピジェネティクス」のイメージを伝えることからはじめている。
この「まえがき」を読んだ私は、この本は、喩えを駆使した味わいのある文章で解説していく本なのかもしれない、と思った。ところが、本書の解説は「硬派」とでもいうべきものだった。この「硬派」という言葉は、「あとがき」からの借用だ。
「あとがき」で著者はこう述べている。「かつて読んでいたブルーバックスのことを思い出すと、当時は一線級の先生たちが子供たちのために、かなり難しいことを紹介していたものだと感じます。(中略)そういう硬派な本が少なくなってしまった気がします」と。
この本には、著者のこうした思いがあらわれているように思える。本書は、遺伝子やタンパク質の名前をはじめとする生物学用語が多数登場する、そして一般書としては詳細な解説を行なっている、「硬派」な本といえる。
著者が想定している本書のメイン読者層は、「若者」のようだ。これから科学を学びはじめる子供、あるいは学びはじめている学生などを読者に想定し、遺伝学の基礎を概説し、「エピジェネティクスの世界」に導く、といった感じだろうか。
本書は、「生命とは何か」から語りはじめ、遺伝学の基礎を概説し、エピジェネティクスの分子基盤を解説し、そのあとでエピジェネティクスと関連するさまざまな話題をとりあげている。
ひとこと
本書にはさまざまな話題があるが、たとえば、「女性に四色色覚者が出てくる」理由の解説などおもしろいところ。この話は、「X染色体の不活化」の解説のなかで登場する。