ゆく川の流れは、動的平衡
書籍情報
- 著 者:
- 福岡伸一
- 出版社:
- 朝日新聞出版
- 出版年:
- 2022年3月
生物学者・福岡伸一の生命観に触れられる、朝日新聞の連載をまとめたエッセイ集(193篇)
朝日新聞の4年以上にわたる連載(2015年12月3日~2020年3月19日)をまとめているため、193篇ものエッセイが収録されている。短いエッセイ(1ページで1篇)なので気軽にどこからでも読めるし、気になったタイトルだけ読むこともできる。著者は、「短いがゆえに、それは論考というよりもちょっとした感慨であり、叙述というよりもスケッチに近い」と述べている。
読みやすいエッセイで、「動的平衡」をはじめとする福岡伸一の生命観に触れられるところが、本書の魅力。
福岡伸一の生命論のキーワード「動的平衡」
「動的平衡」にまつわるエッセイがいくつもあり、さまざまな表現でくり返し説明されるため、読み終える頃には自然とその概要を把握できているのではないだろうか。
序文でも「動的平衡」について簡潔に述べている。その一節は、以下のようなもの。
「生命はたえず自らを壊しつつ、自らを作り変えることによって、なんとか時の試練にあらがっている。もう少し正確に言えば、エントロピー(乱雑さ)増大の法則に抵抗して、なんとか生命という秩序を守ろうとしている。」
エッセイの中の「動的平衡」の説明には、たとえば、つぎのような記述がある。
「生命体は絶え間のない流れの中にある。細胞の構成成分は常にどんどん分解され、同時に次々と合成され続ける。」
これは、『記憶はつながりの中に』というエッセイの冒頭で、テーマは、「1年もすれば物質的にはほとんど別人になっている」のに、どうして記憶は保持されるのか、というもの。
もちろん、エントロピー増大の法則についても述べている。『シュレーディンガーの真骨頂』と『宇宙の大原則に抗う大掃除』というエッセイでは、ノーベル賞を受賞した物理学者エルヴィン・シュレーディンガーが、物理学の視点から生物について考え、エントロピー増大の法則に抗っているという生命の特性を指摘したことを綴っている。
そして、『生命観の新潮流、祝ノーベル賞!』というエッセイでは、福岡伸一のヒーローであり、動的平衡を語る際にたびたび登場する生化学者ルドルフ・シェーンハイマーの業績について記している。ちなみに、このエッセイは2016年10月のもので、タイトルの「祝ノーベル賞!」は、大隅良典のオートファジー研究。
ほかにも、『分解と更新は絶え間なく』、『「壊すこと」の意義』など、動的平衡にまつわるエッセイがいくつもある。
生物学のみならず、美術、文学、建築など多彩なテーマで綴っている
上述した動的平衡のほかにも、「身体に部分はない」、「生命の基本形は女性である」、「人間は考える管である」など、さまざまな視点から生命を見つめている。もちろん、蝶や鳥など、生きものにまつわるエッセイも登場する。
生物学のみならず、福岡伸一が愛好するフェルメールや北斎、須賀敦子など、美術や文学の話題も多い。ほかにも、建築や記憶など、多彩なテーマで綴っている。
感想・ひとこと
福岡伸一の本をいろいろ読んできたが、本書には、めぼしい話題が盛り込まれているという印象をもった。エッセイが好きなら、まず本書を通して福岡生命論に触れてみるのもおすすめできる。
なお、NDC分類は「914.6」(大別すると9類文学)だが、当サイトでは「生物」に入れた。