宇宙を解く唯一の科学 熱力学
書籍情報
- 著 者:
- ポール・セン
- 訳 者:
- 水谷淳
- 出版社:
- 河出書房新社
- 出版年:
- 2021年6月
数多の科学者たちの人物像と研究を丹念に描き、熱力学・統計力学の歴史をたどる
生い立ちから丹念に科学者たちの物語を綴り、その人物像と研究を浮き彫りにしている。
たとえば、アインシュタインが登場する物語では、私たち一般にもよく知られた業績だけでなく、アインシュタインが「冷蔵庫の設計と特許取得、そして商品化に携わった」というエピソードも紹介されている。
著者紹介をみると、ポール・センは「ドキュメンタリー作家」。「ケンブリッジ大学で工学を学んでいたときに熱力学と初めて出合う」と記されている。たしかな知識とドキュメンタリー作家としての経験が掛け合わされて、すぐれた科学読み物が生み出されたのだろう。
本書は3部構成で、以下に紹介する科学者たちが登場する。蒸気機関から説き起こし、情報・通信、ブラックホールの熱力学まで、話題は広がりを見せる。
第Ⅰ部と第Ⅱ部で、熱力学・統計力学の主な歴史について知ることができる
まず、蒸気機関の話題からはじめる。この導入部のあと、熱力学史の最初の一歩として、サディ・カルノーの研究について述べていく。
たとえば、つぎのように記している。
「……内燃機関やジェットエンジン、発電機の巨大なタービン、さらには人間を月まで運んだロケットまですべて、発動力を発生させるには高温の場所から低温の場所へ熱が流れることが必要であるという、カルノーの発見に基づいているのだ。それよりはとらえにくいが同じく重要なこととして、この宇宙を解明しようという営みにも、カルノーの研究成果は役割を果たしている。」
つぎに登場するのが、「生涯にわたって科学実験に夢中」だったジェイムズ・ジュール。
ジュールは、「熱と仕事が相互に変換可能であること」を証明しようと研究を続けたが、当時の科学界は無関心のままだったという。
そんなジュールの研究に関心を示したのは、23歳のウィリアム・トムソンだった。(後に、爵位を授かった。ケルヴィン卿)。
トムソンは、「カルノーの説とジュールの実験結果は互いに相容れないように思えるが、どちらも真実なのではないかと考えた」。その「トムソンの苦闘」が描かれる。
ここまでが第Ⅰ部。
つぎの第Ⅱ部の最初に登場するのが、ヘルマン・ヘルムホルツ。
たとえば、著者はこう記している。「……ヘルムホルツの論文は、大風呂敷を広げて、力の保存という旗印のもとにすべての科学を統一するという目標をはっきりと示した点で、ほかに類のないものだった。」と。
ヘルムホルツが用いた「Kraft」は、直訳すると「力」だが、文脈的には「エネルギー」のほうがふさわしいだろうという。そんな説明も加えながら、ヘルムホルツの論文を紹介している。
そして、ルドルフ・クラウジウスの登場となる。クラウジウスの思考を見ていき、熱力学の第一法則と第二法則について述べる。
再び、ウィリアム・トムソンの話題へ。
トムソンが、「一九世紀半ばの物理学にとっては目新しい、不可逆性という概念に着目した」ことや、絶対温度を提唱したことが論じられる。
そのあと、クラウジウスが導入した「エントロピー」の概念について説明し、再び、熱力学の二つの法則について述べる。そして著者は、つぎのように記す。
「簡潔で力強いこの二つの文は、人類の知性と想像力の証と言える。科学史の節目として、その二〇〇年前に発表されたニュートンの運動の法則に匹敵する重要性を帯びている。」
トムソンとチャールズ・ダーウィンにまつわるエピソードが挿入される。
さらに、「熱の正体」にまつわる探究が描かれていく。再び、クラウジウスの登場。
1857年に状況は変わり、「熱素説に代わる、のちに運動論と呼ばれるようになる説が浮上してきた」ことを述べて、クラウジウスの論文の話題へと展開する。だが、その前に、時代を遡り、1738年へ。
1738年、ダニエル・ベルヌーイは『流体力学』を出版した。その第10章では、「温度の変化とともに気体がどのような振る舞いを見せるかという疑問に挑んだ」という。
ベルヌーイ、クラウジウスの論考を見ていき、「熱の正体に挑む」ジェイムズ・クラーク・マクスウェルの物語となる。
著者は、こう記している。「……マクスウェルは、熱の運動論を検証するには、ニュートンの法則と、基礎物理学の範疇外とみなされていた偶然の数学とを合体させればいいと提案したのだ。」と。マクスウェルは、「確率と統計の法則」を持ち込んだ。
第Ⅱ部の最後を飾るのは、ルートヴィヒ・ボルツマンとジョサイア・ウィラード・ギブズの二人だ。
ボルツマンの研究目標について、著者はつぎのように述べている。
「マクスウェルが物理学に確率の法則を持ち込んで先鞭を付けた研究、それを完成させることが、ボルツマンの研究人生を支配することとなる。統計学を使って熱力学の第二法則に説明を与え、宇宙のエントロピーがつねに増大する理由を明らかにすることが、ボルツマンにとってどうしても叶えたい研究目標……となったのだ。」
統計力学を打ち立てたボルツマンの物語が描き出され、その業績が紹介される。
ギブズの功績については、つぎのように述べられている。
「カルノー、ジュール、トムソン、クラウジウスといった熱力学の開拓者たちは、この学問を、熱と仕事の関係性を解明するための手段ととらえていた。そんな足枷からギブズは熱力学を解き放つ。固体の融解や液体の沸騰から化学反応のしかたまで、物質世界のあらゆる振る舞いが熱力学の法則に従っていることを示したのだ。」
以上、大まかな紹介ではあるが、このような流れで、科学者たちの人物像や業績を見ていく。
この第Ⅱ部までで、本書の半分くらい。ボリュームのある本ではあるが、私たち一般に向けて語られる、熱力学・統計力学の主な歴史について知ることができる。
第Ⅲ部に登場する主な科学者たち
「熱力学のさまざまな帰結」と題した第Ⅲ部に登場する主な科学者は、以下のとおり。名前のみをざっと羅列する。
マックス・プランクからはじまる。
上述したマクスウェルは、この第Ⅲ部にも登場する。
アルベルト・アインシュタイン、エミー・ネーター。
クロード・シャノン
レオ・シラード、ロルフ・ランダウアー、チャールズ・ベネット。
アラン・チューリング。
ヤコブ・ベッケンシュタイン、スティーヴン・ホーキング。
第Ⅲ部では、このような科学者たちの物語をとおして、多彩な知見に触れることができる。
感想・ひとこと
読み物としておもしろい。科学者たちの物語に興味がある方におすすめしたい。
3部構成のボリュームのある本だが、各章は短めに分けられていると感じた。そのような構成なので、各章ごとに少しずつ読み進めることができる。それも本書の良いところ。































