幻覚の脳科学ーー見てしまう人びと
書籍情報
- 著 者:
- オリヴァー・サックス
- 訳 者:
- 大田直子
- 出版社:
- 早川書房
- 出版年:
- 2018年3月
さまざまな幻覚の事例によって、知覚の奥深さが浮かび上がる
これまでにも奇妙な症状をきたした患者たちを描いてきた脳神経科医オリヴァー・サックスが、幻覚に焦点を絞って論じた一冊。
精神に異常がなくても幻覚を経験する。本書の最初に登場するのは、シャルル・ボネ症候群。目の見えない人や視覚に障害のある人が見る幻覚で、「視覚を失ったことへの脳の反応」だという。
これは、幻視に限らず、幻聴や幻嗅にもあてはまるようだ。視覚であれ、聴覚であれ、嗅覚であれ、正常な感覚入力を失うことによって幻覚が起こりうる。
「脳には知覚の入力だけでなく知覚の変化も必要」で、視覚や聴覚の刺激が単調な場合は、幻覚につながるおそれがあるという。何日も穏やかな海を見つめている船乗りや、何もない砂漠を行く旅人などは、幻を見たり聞いたりすると言われている。
身体イメージに関する幻覚もある。「自分の背が高くなったり低くなったりしている感じ、手足が縮むか巨大化している感じ」といった幻覚、体外離脱体験や自己像幻覚、切断された手足がまだあるように感じる幻肢など、多数取り上げられている。
他にも、パーキンソン症候群や片頭痛や癲癇による幻覚、譫妄、入眠時幻覚・出眠時幻覚、薬物使用による幻覚、トラウマによる幻覚など、さまざまな幻覚について論じている。
「幻覚は想像とはちがうもので、知覚にかなり近い」という
ドミニク・フィッチェらが行った幻視の神経基盤に関する研究によると、「顔、色、テキスト、物体の幻覚はそれぞれ、特定の視覚機能に関与することが知られる領域を活性化した」。
「フィッチェらは、通常の視覚的想像と実際の幻覚の明確な差異も観察した」。たとえば、色の知覚に関わる視覚野のV4領域は、色つきの物体を想像しても活性化しなかったが、色つきの幻覚では活性化した。
「このような発見は、主観的にだけでなく生理学的にも、幻覚は想像とはちがうもので、知覚にかなり近いことを裏づけている」という。
幻覚は私たちの文化に影響を及ぼしてきたのか
著者は、「幻覚は昔から、私たちの精神生活や文化に重要な役割を果たしてきた。実際、幻覚体験がどの程度まで芸術や民間伝承や宗教の誕生にかかわっているのか、考えずにはいられない」と記している。この視点からの論考も興味深い。
感想・ひとこと
「人は目で見るのではなく、脳で見る」。幻視の事例は、このことを際立たせている。このような知覚の不可思議さを知るという視点で読むと、幻覚は多くの人にとって興味深い読書テーマになるのではないだろうか。