科学本の言葉–20–(ウォルター・ルーウィンの言葉)
「先駆的な作品の中には、美しく、ときには見とれてしまうようなものもあるが、ほとんどの場合――特に最初に見たとき――はまごつき、もしかしたら醜いとさえ思うだろう。しかし、どれほど醜かろうと、先駆的な芸術作品のほんとうの美はその意義の中にある。世界を見る新しい視点は、けっしてなじんだ寝床のぬくもりのようなものではない。それは常に、震えあがるほど冷たいシャワーなのだ。そのシャワーが、わたしを活気づけ、奮い立たせ、解き放つ。
物理学の先駆的な仕事についても、同じようなことが言える。謎の解明に向けての画期的な歩みが、これまで見えなかった、あるいは曖昧模糊としていた領域へ踏み込んだとたん、わたしたちはもう、以前とまったく同じ世界を二度と目にすることはない。」――ウォルター・ルーウィン
上記の言葉が記されているのは、『これが物理学だ! マサチューセッツ工科大学「感動」講義』。「身を張った実験」をまじえた名物講義は、マサチューセッツ工科大学(MIT)のインターネット公開授業のラインナップにも入り、世界中で人気を博している。『これが物理学だ!』には、その講義のテイストがたっぷりと詰まっている。
「身を張った実験」には、たとえば、つぎのようなものがある。
振り子の錘である15キロの鉄球が、著者ウォルター・ルーウィンの顎に向かって勢いよく戻ってくる。著者は本能的に歯をくいしばり、目を閉じる。鉄球は、顎の3ミリ手前で止まる。「へたをすると、命を落とすかもしれない」この実演を、なぜやろうとするのか。「それは、物理学のあらゆる学識の中で、最も重要な概念のひとつであるエネルギー保存の法則に、絶大な信頼を置いているからだ」という。
また、著者ウォルター・ルーウィンの専門分野であるX線天文学についての講義もある。巨大気球によるX線観測のエピソードなどが登場する。
最終講は、こう始まる。「たいていの高校生や大学生は物理学を学びたがらないが、それは、物理学が複雑な数式の集合として教えられることが多いからだ」。著者ウォルター・ルーウィンは、そのような教え方ではなく、「世界が見えるための手立てとして物理学を紹介」するという。
そして、物理学の先駆者たちが「わたしたちの世界を見る視点を変えてくれた」こと、先駆的な芸術も「世界の新しい見えかた、新しい目の向けかたを示してくれる」ことが述べられ、「美術との恋に落ちていった」日々が綴られる。「新しい見えかたを美術が教えてくれたのだ」
さらに、芸術家との共同制作について、また、ヴァン・ゴッホ、マティス、デュシャン、ウォーホルなどについて語られていく。「ゴッホ、ゴーギャン、マティス、ドランの絵を知ってしまうと、誰も、もう今までと同じ目で色を見ることができない。……略……」この文章のあと、上記の言葉が記されている。
- 著 者:
- ウォルター・ルーウィン
- 出版社:
- 文藝春秋