ヨーロッパの「自然思想史(古代〜近代)」に興味がある方におすすめの本
- 著 者:
- 山本義隆
- 出版社:
- みすず書房
『磁力と重力の発見』は全3巻(「1 古代・中世」「2 ルネサンス」「3 近代の始まり」)。まず、「あとがき」の著者の言葉を紹介したい。つぎのように記している。
「正直言って、自分でも変わった本を書いたものだと思う。古代以来、もっぱら磁力によって例示されてきた遠隔力がどのように受けとめられ、その遠隔力が近代科学の形成過程においていかに認知され、いかなる役割をはたしたのかをめぐる議論であるが、結局、古代から近代にいたるまでの自然思想史のようなものになってしまった。」
私は、この「自然思想史」的なところが面白かった。
内容については書評ページで紹介したので、ここには私の感想のようなものを書いてみたい。
本書は、古代ギリシャから、ニュートン、クーロンの登場までの長い物語だが、いつの時代も、その時代を代表する人物たちが「自然」の不思議に目を向け、それを理解しようとしてきたことがわかる。
かつての自然観は、現代からみれば誤った見解や迷信がほとんどだ。とくに磁石と磁力に関して現代では一笑に付されるような迷信が長年にわたって語られてきたことは、一見して信じがたい。しかしよく考えてみると、その人間心理のあり方はいまも変わらないことに気づく。
現代においても、科学的とは言えないものや不確かなものを信じてしまう人間の心性は見られるし、また、科学にかぎらず、自分が理解・判断できないようなものに対して、権威ある人物や書物の見解をそのまま受け入れてしまうことも多いだろう。
そのような人間心理を考慮すれば、誤った見解や迷信が長年にわたって受け入れられてしまうことも理解できる。
しかし、権威の提示する回答に疑問を呈して、みずから思考したり観察したり実験したりして、その時代の知識の制約を受けながら、新たな考えを打ち出す人たちがいる。
その新たな見解も現代の視点から見れば誤りであることが多いのだが、当時の知識や時代背景に思いを巡らせながら読むと、その誤った新たな見方が、当時の価値観に照らせば、ときにはクリエイティブだと思わせられることもある。たとえ誤っていても、自然という途方もない謎に自身で立ち向かい、新たな考えを構築できることは、やはりすごいことだ。
そうした誤った知見の中に混じって、現代につながる正しい知見が少しずつ積み重ねられていき、ニュートンの万有引力概念へとつながっていく。
ギルバートの磁気哲学の影響をうけたヨハネス・ケプラーは、「天体間に働く力(重力)を磁力にならって構想した」。遠隔力として受けとめられた磁力と重力が彼の思考の中でこのように絡み合っていたところが、とくに印象に残った。
本書が描き出しているのは、近代物理学成立までだが、もちろんその後も物理学の知見は更新され続け、現在に至る。そしてその現代物理学をもっても、まだ自然は多様な謎に包まれている。はるか未来の人たちが現代物理学が語る自然観をどう評価するのかを知ることはないが、そんなことにも思いを巡らせてしまう。
私たちの自然観、世界観はいまも更新され続けている。2000年以上という途方もない時間をかけて人間は自然の謎に挑んできたが、自然解明という長旅はまだその途上にある。そのことを深く実感できる機会はそう多くはない。その深い実感が喚起される優れた読み物であるところが本書の魅力のひとつだ、と私は思っている。