科学本のなかの言葉–3–(村上春樹の言葉)

「私たちのなかには、空っぽの部屋がいくつかある。そのほとんどは一度も足を踏み入れたことのない部屋だ。忘れられた部屋とも言える。ときに私たちは、部屋へと通じる廊下を見つけることがある。部屋のなかに入ると、奇妙なものが目に入る。古い蓄音機が置いてあったり、壁には絵が掛かっていたり、本が並んでいたりする。どれも自分のものだが、目にするのは初めてだ。」

――村上春樹

上記の村上春樹の言葉は、『意識をめぐる冒険』の「序」で引用されている。著者クリストフ・コッホは、「あるインタビューでの村上春樹の発言だが、非常に印象的であり、私自身が現実に経験したことにとても近い」と述べ、そして上記の言葉を引用し、つぎのように記して「序」を結んでいる。

「私のなかにも、忘れられていた部屋がいくつかある。意識がどのようにして脳から生じてくるのかを明らかにしたいという私の意識をめぐる探求に、そのいくつかが関係していることが、本書を読むとわかってもらえるかもしれない」

クリストフ・コッホは、かつては、「意識は複雑な神経ネットワークから創発的に生まれてくる」という考えを熱心に支持していた。だが、数年を経て考えが変わったという。『意識をめぐる冒険』では、「汎心論」(panpsychism)と呼ばれる考え方を支持しており、「ライプニッツによる汎心論」に注目している。そして、コッホのいう汎心論的な考えを述べて意識をどのように捉えているのかを語り、ジュリオ・トノーニの「意識の統合情報理論」を紹介している。「意識の統合情報理論」の概説が『意識をめぐる冒険』の目玉の一つだ。

『意識をめぐる冒険』は、「意識の脳科学研究」の最前線を紹介する一般向けの「科学書」であると同時に、師である故フランシス・クリックとの交流、生い立ち、宗教、家族や愛犬のことなどを綴る「自叙伝」でもある。そして、著者クリストフ・コッホの「告白」と科学的知見の紹介をとおして、この世界が「ある」ことの不思議までも浮かび上がらせている。

初投稿日:2016年05月19日
最終加筆:2017年09月17日

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