すごい科学論文
書籍情報
- 著 者:
- 池谷裕二
- 出版社:
- 新潮社
- 出版年:
- 2025年4月
脳研究者による、〝脳・医学・生物学、およびAI〟をテーマにしたエッセイ集
「週刊新潮」の連載エッセイ(2023年6月15日号〜2024年12月12日号)を、加筆修正・再構成してまとめたもの。3ページほどのエッセイが、75篇収録されている。
著者の池谷裕二は長年にわたって「週刊朝日」で同様のエッセイを連載していたが、同誌の休刊にともない、連載も終了。そのタイミングで、「週刊新潮」の新連載が始まったそうだ。
これらのエッセイは、以前と同様、著者が日課として目を通している最新の科学論文を「独自の解釈」を交えて紹介する、というスタイルで書かれている。
ただし、執筆スタイルに変化があったとのことで、「はじめに」において、つぎのように記している。
「以前は脳研究者として神経科学のトピックを中心に扱っていましたが、新連載では、科学全般に視野を広げ、多様なテーマを取り上げています。」
著者のいうとおりテーマは多彩だ。とくに、生物学やAIに関する話題が以前より増えたような印象を受けた。本書を一言でまとめれば、〝脳・医学・生物学、およびAI〟をテーマにしたエッセイ集といった感じだろうか。
なお、脳研究者によるエッセイなので、上記の「書籍情報」下に付けるキーワードは「脳」としたが、「脳」がテーマといえるエッセイは少なめになっている。
脳、記憶をテーマにしたエッセイ
「脳にも〝クセ〟がある」というエッセイでは、脳は「個性的」であることを述べている。たとえば、こう記している。「「脳紋」と呼ばれるように、脳の使い方を観察するだけで、それが誰の脳かを特定できるほど個性的です」と。ここでは、ある論文の実験(参加者が適当に数字を並べて300桁の数字を作るという実験)を紹介して、「おそらく、無意識の脳のクセが数字の選択に反映されるのでしょう」という考察を加えている。「AIも個性的」という話題も織り込みながら、脳のクセについて語っている。
「記憶力は悪いほうがいい」というエッセイでは、「記憶力の優れたネズミ」を作り出した論文を紹介している。記憶力がよすぎるためにこのネズミに生じた不都合を説明してから、つぎのように綴っている。「私たちは、淡く褪せゆく記憶をぼやけた目で眺めることで、過去を過去として認識します。過去と現在が同じくらい鮮明だと、時の流れが止まってしまいます」と。現状の記憶力の程度がベストなのかもしれない。
「脳はどのように〝数〟を把握しているのか」というエッセイでは、脳にとって「1〜4までの数」と「5以上の数」は本質的に別物らしいことを示唆する論文を取り上げている。
「薬」をテーマにしたエッセイ
著者は、東京大学薬学部の教授であり、「薬」にまつわるエッセイもある。
本書の冒頭のエッセイは、「「アルツハイマー病」治療薬の先行き」。ここでは、2023年・2024年に日本でアルツハイマー病の治療薬が承認されたことに関して、「……本当に手放しで喜んでよいかは難しいところです」と述べて、著者が感じている懸念点を挙げている。
「「麻酔」は意識の謎に迫るカギ」というエッセイでは、麻酔薬の発見に関する歴史にごく簡単に触れ、現状では、「麻酔薬がなぜ効くのかがわからない」ことから、「科学の作法に則った合理的な新薬開発ができない」ことを述べている。さらに、意識の解明に役立つツールになる可能性があるとして麻酔薬が注目され始めている、という話へ展開する。
「オランウータンの塗り薬」というエッセイでは、薬師如来の話題から説き起こし、「スマトラ島の野生オランウータンが薬を使った」という調査報告を紹介している。顔に傷を負ったオランウータンが、「「アカルクニン」という植物の葉を嚙み砕き、患部に塗った」そうだ。
感想・ひとこと
このレビューでは、脳や薬に関するエッセイにフォーカスして紹介した。(なお、生物学に関するエッセイも多いが、脳研究者によるエッセイ集なので、ジャンルは「脳/医学」に分類した。)