[組本・第2回]自分のなかには大勢がいる

意識は傍観者である 脳の知られざる営み』(デイヴィッド・イーグルマン) と『私とは何か 「個人」から「分人」へ』(平野啓一郎)

自分のなかには大勢がいる。自分とは大勢のことだ。すなわち、揺るぎない確固たる〝一つ〟の「本当の自分」などというものは幻想でしかない。自分とは、ときには相反するさまざまな顔をもつものであり、どの顔も「本当の自分」だ。それらの顔は、他者との相互作用によって自然に生じるものであり、それらの顔の集合こそが、自分だ。ゆえに、自分とは移ろうものなのだ。

この考え方を、どう感じるだろうか?

科学本と他の本を組み合わせて読もう、という[組本]レビューの第2回では、〝「自分」をどのように捉えるか〟を読書テーマとして、『意識は傍観者である 脳の知られざる営み』(デイヴィッド・イーグルマン/早川書房)と、『私とは何か 「個人」から「分人」へ』(平野啓一郎/講談社)をご紹介したい。

私とは何か 「個人」から「分人」へ』は、小説家である著者・平野啓一郎の体験談をもとに、著者の言葉でいえば「最初から最後まで、具体的な話ばかり」で、自分をどのように捉えるか、自分と他者との関係を語っていく本だ。本書は、哲学書的に論じるのではなく、小説家として、コミュニケーションという観点から論じている。その語り口はとても平易だが、その内容は、思想と呼ぶに値する深みのあるものだ。

この本のキーワードは、「分人(dividual)」。これは、「個人よりも一回り小さな単位」だという。

まず、「個人(individual)」という言葉の語源から説明している。individualは、「divide(分ける)という動詞に由来するdividualに、否定の接頭辞inがついた単語」。その語源は、「(もうこれ以上)分けられない」という意味で、それが「個人」という意味になったという。

「個人は、分けられない」。たしかに、身体は分けられない。身体的な顔は、もちろん一つだ。

では、人格はどうだろうか。人格も当然分けられない、という見解に対して、平野は疑問を呈する。「それは、私たちの実感と合致しているだろうか?」と。

本書の主張の核心は、人格は、正常な意味で、接する相手によって、「自然と」変化してしまうというものだ。両親、恋人、仕事相手、高校時代の友人、大学時代の友人、趣味の仲間、というように相手が変われば、現われる人格は「自然と」変わってしまう。平野は、このさまざまな人格に、「分人」という名を与えた。「個人(individual)」から、「否定の接頭辞in」をとって、「分人(dividual)」。「人間を「分けられる」存在と見なす」のだと。

分人は、「キャラ」や「仮面」とは異なるという。「キャラを演じる、仮面をかぶる、という発想は、どうしても、「本当の自分」が、表面的に仮の人格を纏ったり、操作したりしているというイメージになる」。分人はそうではない。相手によって意識的に演じ分けるわけではなく、相手との相互作用によって、「自然と」その人格が現われてしまうのだ。

このことを、平野は、体験談を交えて説明する。先述したように、「最初から最後まで、具体的な話ばかり」なのだ。たとえば、パリの語学学校に通ったときのエピソードを詳細に綴りながら説明している。短くまとめると、つぎのような内容だ。

パリの語学学校に通ったとき、最初に入れられた一番上のクラスで平野は、「ヒドく陰気な人間に」なってしまったという。六人しかいないクラスで平野以外は全員ドイツ語圏のスイス人で、フランス語での喋りもかなり上手い。平野は「完全に落ちこぼれ」たうえに、クラスの人たちとの会話も弾まない。平野は、陰気になっていった。「陰々滅々たる気分(!)で学校をあとにしていた」平野は、よく、日本人の友達とオペラ座近くのラーメン屋に行った。すると、「一瞬にして快活になって、「いやー、もう、エライ目に遭ってるよ」と、語学学校での様子を、おもしろおかしく饒舌に語った」。その後、クラスをかわると、語学学校でも「明るい表情を取り戻した」

では、このとき平野は、語学学校の最初のクラスでは「陰気なキャラ」を演じ、日本人の友達の前では「快活なキャラ」を演じていたのか? 「当然、違う」という。「自然と」暗くなったり、「自然と」快活になったり、していたのだ。もし、このときのスイス人たちが平野を覚えていたとすれば、「内気で、暗い人」という印象だろうという。一緒にラーメン屋に行った友達からみれば、平野は快活な人になるわけだ。平野は、陰気な自分も、快活な自分も、「本当の自分」だったと振り返る。二つの分人として説明できると。

このような具体的な話を積み重ねて、本書はつぎのようなことを主張する。

相手との相互作用によって、自然と、ある人格すなわち分人が生じる。自分とは、相手ごとに生じる分人の集合だ。それぞれの分人は、すべて「本当の自分」であり、中心は存在しない。その人らしさ(個性)は、「複数の分人の構成比率」によって決まる。「分人の構成比率が変われば、当然、個性も変わる。個性とは、決して唯一不変のものではない。そして、他者の存在なしには、決して生じないものである」

では、一人でいるときはどうなのか。具体例を述べた後で、こう記している。「私たちは、一人でいる時には、いつも同じ、首尾一貫した自分が考えごとをしていると、これまた思い込んでいる。しかし実のところ、様々な分人を入れ替わり立ち替わり生きながら考えごとをしているはずである」と。

さらに、分人を生じさせる他者とは「必ずしも生身の人間でなくてもかまわない」という。「ネット上でのみ交流する相手でもかまわないし、自分の大好きな文学・音楽・絵画でもかまわない。あるいは、ペットの犬や猫でも、私たちは、コミュニケーションのための一つの分人を所有しうるのだ」と述べている。

さて、この「分人」という捉え方は、脳科学の見地からみるとどうなるのだろうか。

自分のなかには大勢がいる。『意識は傍観者である 脳の知られざる営み』(デイヴィッド・イーグルマン)の第5章「脳はライバルからなるチーム」も、このことがテーマになっている。

著者イーグルマンは、第5章の冒頭にウォルト・ホイットマン「ぼく自身の歌」の言葉を引用した。

「ぼくは矛盾している? いいさ、ぼくは矛盾している、(ぼくは大きくて、ぼくのなかには大勢がいる)」

この章は、俳優のメル・ギブソンの「酩酊事件」の話題からはじまる。メル・ギブソンの酩酊状態での「ユダヤ人差別の発言」と、その後の「謝罪のコメント」を紹介し、それにまつわる何人かの意見をとりあげ、著者はこう問いかける。

「では、ギブソンの「本当の」性格はどちらなのか? ユダヤ人を差別する意見をどなったときの彼なのか? それとも、自責と恥辱の念に駆られ、「私はユダヤ人社会の助けを求めている」と発表したときの彼なのか?」と。

そしてつぎのように続ける。

「人間には本当の顔とうその顔があるものだという考えを好む人が多い――つまり、人には一つの純粋な目的があって、残りは飾りか口実かごまかしだというのだ。直感的にはそうだが、この考えには欠けているものがある。脳を研究すると、人間性に対するもっと繊細な見方が必要になる。本章で見ていくように、私たちはたくさんの神経細胞の小集団でできている。ホイットマンが言うように「なかには大勢がいる」のだ」

著者イーグルマンは、いくつもの事例を積み重ねながら、つぎのようなことを述べる。

神経細胞の小集団は、私の行動という一つの出力チャネルを支配しようと争っている。脳のなかでは、「同じ問題について」、重複するシステムが争っているのだ。その争いの結果は、毎回まったく同じではない。したがって、「同じ問題について」、私たちの行動は異なることがある。たとえば、うまく演説したり、舌がもつれたり、というように。

この章では、脳のなかには「大勢がいる」という観点から、葛藤や秘密や本性などを論じている。

その知見に照らして、「分人」について考えてみると、どう感じるだろうか。それがこの二冊を組み合わせて読んでみるおもしろさだ。神経回路の観点から、自分の日々の振舞いを見つめなおしてみるというのは、おもしろいだけでなく、きっと有意義だ。

意識は傍観者である 脳の知られざる営み』の全体的な内容については、書評ページに書いたので、『私とは何か 「個人」から「分人」へ』を、もう少し補足しておきたい。

この本は、分人とは何かを説明したのちに、分人という観点から、自己嫌悪や「自分を好きになる方法」のこと、いわゆる「自分探しの旅」のこと、「子育て論」、恋愛、嫉妬、など、さまざまな考察を加えている。ときに著者・平野啓一郎の小説の話を交えながら。著者は、おもに環境要因という側面から論じているが、「遺伝要因の影響」についても思いを巡らせている。そして最後のほうで、「分人主義」と「個人主義」とを対照して論じる。

最後に、上記二冊はともに、具体例を積み重ねるようにして論じていく本であり、すばらしく読みやすい本でもある、という共通点をあげておきたい。

自分のなかには大勢がいる。このことを、上記二冊をとおして考えてみるというのは、どうだろうか。

  • 私とは何か 「個人」から「分人」へ
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    著 者:平野啓一郎 出版社:講談社
  • 意識は傍観者である 脳の知られざる営み
    No image
    著 者:デイヴィッド・イーグルマン 出版社:早川書房
初投稿日:2016年06月29日

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